MADE IN KURUMEとShoes Like Pottery – ムーンスター代表 猪山渡氏(2/5)

The Value Talk 4 株式会社ムーンスター 代表 猪山渡さん

  1. 波乱の船出~ブランディングにかける
  2. MADE IN KURUMEとShoes Like Pottery
  3. 斬新な足型計測、Genki-Kidsの挑戦
  4. フロンティアとしての海外市場
  5. Time with pride ~ ひたむきに、歩み続ける。

Chapter 2:MADE IN KURUMEとShoes Like Pottery

古森
ブランディングは、手法としては色々とテクニカルなこともありますが、突き詰めると企業としての「約束」のようなものですね。「この企業が作ったものだから、きっとこういうことが得られる」という約束であり、実際にそれに応えること・・・。ムーンスターさんの場合、そういったブランディングの軸になるものは何ですか。
猪山
履物の品質に関するお客様視点でのこだわりと、それを支える製造技術面での職人技ですね。以前から「精品主義」と言いまして、品質には強いこだわりを貫いています。また、作り手としての品質観点だけでなく、以前から「履く人の身になって作りましょう」ということで、お客様視点での品質を考え続けています。
古森
moonstar-photo03そのこだわりについては、私も今日、技術開発や工場の現場で垣間見てきたところです。生ゴムに硫黄を加えて、熱反応でソールとアッパーを接着させる「ヴァルカナイズ製法」を自前で堅持している企業は少ないと聞きました。多くの企業が、加熱した合成樹脂を金型に流し込んで成型するインジェクション製法にシフトしてしまった中で、手間がかかるヴァルカナイズ製法による質感や風合いを匠の技で守っているのが良くわかりました。
猪山
実際、作り手のひとりよがりではなく、ヴァルカナイズ製法の方が履き心地や耐久性も良いのです。もちろん、価格面も含め様々なニーズにお応えしていくためには、弊社もインジェクションとヴァルカナイズの両方を使っていますが、お客様視点に立てば、ヴァルカナイズの良さを捨て去ることは出来ません。ここは、経営的にチャレンジングであっても、守る方向で工夫を凝らす道を歩んでいます。
古森
人間工学に基づくデータの収集と解析、膨大な足型データに基づく製品企画・開発などの話も伺いました。試作品の履き心地だけでなく、歩行試験で身体各部位への負荷のかかり方などもハイテク機器を使って詳細に分析していますね。工場では、数多くの工作機械が自作・自前修理できる体制にあることも驚きでした。電気、機械、化学など、様々な分野のエンジニアが力を合わせて製造現場を直接サポートしている有機的な工場ですね。
猪山
よく見ていただき、ありがとうございます。まさにその通りでして、弊社ではこの久留米工場を世界の生産拠点の核に据えています。ここで技術を守り、向上させ続けて、世界各地の生産現場の指導が出来るようにしているのです。
古森
世界のムーンスターのマザー工場ですね。工場長の市丸さんに伺いましたが、中国の生産現場改革を成し遂げてこちらに戻ってこられたそうですね。日本とは組織人事の常識やカルチャーが違う現場に向き合って、その組織なりに生産性が向上するための人事施策を工夫し、本当に生産性を向上させることに成功されたというお話に感銘を受けました。「人は賢いんです。機械だけでなく、人が入るから生産性が向上するんです。」という言葉に力を感じました。こうした現場の力が、ムーンスターのブランディングの基盤となる実体なのですね。
猪山
ブランディングのアクションについては、ちょうど創業140周年を控えたタイミングでしたので、昨年から「Project 140」を立ち上げて議論を重ねてきました。その結果、ロゴマークの刷新、若い世代向けの商品群の開発、半年間の製品保証制度の開始、SNSや「うわばきちゃん」というゆるキャラの活用などお客様とのコミュニケーションの向上、そして社内でのブランディングともいえる新経営理念の策定など、5つの取り組み事項が固まっていきました。
古森
矢継ぎ早に。
猪山
また、そうした検討を通じてブランディングのメッセージ面でも新しい機軸が出てきました。例えば、「MADE IN KURUME」というメッセージです。
古森
MADE IN JAPANではなく、MADE IN KURUMEですか。
猪山
そうなのです。そもそも久留米は、日本のスニーカーづくりの原点ともいうべき土地です。ゴム底の履物の原点がこの久留米です。その久留米で弊社が140年にわたって積み重ねてきたこだわりを表すために、「JAPAN」ではなく、あえて「KURUME」としました。語ろうと思えば色々と語るべきストーリーがあるわけです。その思いを短い言葉の中に込めたものです。
古森
シンプルですがインパクトがありますね。実際に靴のインナーの部分に書かれているのを見た時に、「あれっ!」「久留米?」と思いました。
猪山
製法面でヴァルカナイズを堅持している点も、コスト視点ではなく価値の視点で訴求していきたいと思っています。そのひとつの試みとして、Shoes Like Pottery (SLP: 焼き物のような靴)というコンセプトで製造工程の特色を言語化してスペシャリティグッズの領域で販売しているものもあります。大型店ではなく、セレクトショップなど独自価値のあるマーチャンダイジングを行うチャネルに絞って展開しています。
古森
先ほど工場で伺いましたが、本当に最終工程で焼き物を焼くような作業が入るそうですね。加硫缶という窯のような装置に入れて熱と圧力を加えると、生ゴムの中に配合した硫黄が化学反応を起こして、変形させても元の状態に戻るというゴムの性質が引き出される・・・。工場長の市丸さんが実物を使って丁寧に説明して下さいました。それがヴァルカナイズ製法の鍵だと。しかし、それをShoes Like Potteryとは、本当にうまい表現をされましたね。
猪山
ありがとうございます。このSLPをめぐる新しい動きは、これまでのところお客様から好評を頂いておりまして、扱いも増えてきています。久留米工場のSLP関連のキャパシティはフル稼働になりまして、近く設備を増設します。
古森
セレクトショップなどのチャネルの場合、累計ではそれなりの数が出るでしょうが、生産に関してはいわゆる大量生産のロットよりも少なめの量で作らざるを得ない場面も多いでしょうね。コスト面の不安はありますか。
猪山
その点についても、実は対応できています。通常のメーカーだと敬遠するような量の注文でも、ムーンスターの久留米工場であれば生産性を落とさずに作ることが出来ます。これは、工場の現場で継続的に生産性向上の工夫をしてきているからです。通常この業界では千~万の単位での発注が常識ですが、久留米工場では200足くらいの注文でもコストや工程面で能率を落とさずに対応できます。
古森
なるほど、それは素晴らしいですね。少量多品種生産で全体としての生産性を落とさないというのは、高付加価値型の製品を世に問うていく上では非常に重要な組織能力ですね。無理をして実現するというのではなく、実力があってこそのヴァルカナイズでありSLPである、ということですね。

>> 3.斬新な足型計測、Genki-Kidsの挑戦