クラウドとの出会い – サーバーワークス代表 大石良氏(1/6)

The Value Talk 第2回 株式会社サーバーワークス 代表取締役 大石良さん

  1. クラウドとの出会い
  2. 東日本大震災とともに訪れた転機
  3. クラウドはITの話ではなく人間の話
  4. クラウドで、世界を、もっと、はたらきやすく
  5. サーバーワークスの5つの行動指針
  6. 自ら実現しながら発信する会社

Chapter 1:クラウドとの出会い

古森
今日はお時間をいただきまして、有難うございます。「企業の思い」を世の中に伝える活動を、私自身、コンサルタントとしての終わることのない修業として位置付けております。サーバーワークスさんでは、どんな考え方を大事にしておられるか、そしてどのように社内に伝えていく工夫をしているかなどを、是非お聞かせください。よろしくお願い致します。
大石
こちらこそ、よろしくお願い致します。

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古森
まず、御社の概要や創業経緯などを伺えればと存じます。現在は、クラウドに関するサービスがメインですね。
大石
はい。一言で言いますと、クラウドを企業ユーザーが活用する際の手助けをしている会社です。創業15年になりますが、実は、2007年の前と後で、事業も会社の中身もガラッと変わっているのです。
古森
2007年・・・。
大石
当初は、「楽天を追い越そう」ということで、Eコマースのビジネスを初めました。最初はうまく行かなかったのですが、携帯の機能を加えたところ、大学150校に導入されました。そこから発想を変えて、入試の合格発表サービスを提供するようになりました。ただし、このサービスは2月の特定の時期だけに負荷が集中して、それに対応するサーバーを用意する必要がありました。
古森
まさに季節ものですからね・・・。
大石

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一方で、1年のうち残りの時間にサーバーは使われません。大きな無駄があることに気がつきました。そこで、時間単位でサービスを使えるAmazonのクラウドサービス「AWS」に出会い、これを導入しました。自分たちで使ってみて、「これは凄い」と実感しました。他の人達にも使って頂こうという思いで、2008年からAWSのサービスを扱い始め、本格的にクラウドの方向にビジネスの舵を切ったのです。
古森
最初は「一人称」。つまり、自分たちがユーザーとなって、自社の課題解決にクラウドを使い始めたのが起源ということですね。
大石
そうです。ちなみに、2008年以前は、会社の運営面で「成長」という言葉は使っていませんでした。和気あいあいと家族経営のようにやっていたのです。ところが、2009年に親友を亡くしまして・・・。その人の死を機にして、「自分もいつ死ぬか分からない。短い時間でやれることをやらないと後悔する」と考え始めました。以来、「クラウドを武器に今やれることを全部やろう」という考えに切り替えて、思い切りアクセルを踏み始めました。
古森
途中で経営の局面が変わったのですね。
大石
すぐに順風に恵まれたわけではありません。当初は、鳴かず飛ばずという状況で・・・。しかし、目指すべき方向に挑み続けているうちに、弊社のクラウド対応力が注目される出来事が起きました。2011年の東日本大震災です。

>> 2.東日本大震災とともに訪れた転機